• Kana

“繊細さん”こう生きてるよ

更新日:9月26日



連載エッセイ「ねえねえ聞いて」では、Voice Up Japan 明治支部のライティングメンバーたちが、日常の中で様々なことに揺れ動く自分の感情を、等身大の文章で綴ります。毎月、「ねえねえ聞いて~!」と、話しかけますのでぜひ楽しみながら読んでくださると嬉しいです!



「この人もしかして怒ってる?私が何かしたかな…。」


「なんだか重い空気だな。私の言ったことのせいかな…。」


いつも、根拠もなく負い目を感じてしまう、私。



「これができてない。あれもやらないと。でもこっちも忘れちゃダメで…うわぁぁぁ…」


同時に様々な負荷がかかると、思うように動けなくなってしまう、私。



「~~~~マジで嫌でさぁ~~~~」


「~~~~ウザッ~~~~」


道を歩いているときや電車に乗っているときなど。ふとしたときに聞こえてくる言葉がグサッッと心に刺さる。それが、自分に言われた言葉ではなかったとしても。

つまり、求めていない情報までもを、なぜかキャッチしてしまう、私。



レストランなどで、近くにいる人の様子や言動に過剰に敏感な、私。



相手の気持ちばかりを考えてしまい、相手の意向を優先してしまうことが多い、私。



本音で話そうとするとなぜか涙がこぼれてしまう、私。



中学生の頃だった。私は何かおかしいんじゃ…と思い始めた。



嫌だった。自分が。



「なんで私はこうなんだろう。なんて不器用で、どうしようもない人間なんだろう。」


自分で自分を受け入れられず、悩み、問い続けた。



自分だけが変なのかもしれないと思い、誰にも相談しようとはしなかった。



「何にも気にならないよ」って、どんと構えていつも笑顔でいられるような人に憧れた。


けれど、鈍感になろうとしてもなれないし、気づいているのに無視し続けることも出来ない。



それでも、自分のことを変えたい…。






高校生になってからも、そんなふうに悶々と自分と向き合っていたころのある日、私は、ある言葉と出会った。



“HSP”



皆さんはこの言葉を聞いたことがあるだろうか。


Highly Sensitive Person (非常に敏感な人)の略称で、最近では「繊細さん」と呼ばれることも多くなってきたこの言葉。


あるテレビ番組で特集されているのを偶然観たとき、内容にピンとくるところがあった私は、すぐにネットでHSPのことを調べた。


自分がHSPかを確かめられるチェックテストを受けてみたところ、自分はかなりの高確率でHSPの可能性があるということが分かる。





その後もHSPについて、あらゆるツールを用いて調べた。


様々な情報を得るにつれ、自分の心が少しずつ軽くなっていくのを感じた。


なぜなら、HSPと呼ばれる人は一定数いて、同じような悩みを抱える人が自分以外にもいるということや、HSPは自分の気質の一つだということが分かったからだ。

さらに、HSPであるからこその良い点があることも認識できた。



それにより少しずつ、自分の悩みを肯定的に捉えられるようになっていった。





ここで、HSPとは「学術的にどのような人なのか」を簡潔に説明したい。HSPに関する情報は、真偽の定かでないものも含め数多く目にするようになったからこそ、研究をもとにした正しい情報に立ち返ることが必要だ。


Japan Sensitivity Researchによると、HSPとは「良い環境と悪い環境から、良くも悪くも影響を受けやすい人」であり、高低に個人差はあるが誰もが持つ感受性が、特に高い人のことを指している。


また、HSPであることは病気などではなく、生まれつき、あるいは育った環境によって決まる、人の気質のひとつだ。



明治大学の学生相談室主催『HSPを正しく知ろう 繊細な人の心理学』という講座の配信を視聴したことをきっかけにこの情報にたどり着いたのだが、SNS等で目にする情報との違いに驚いた。


SNS上では、「HSP=生きづらい」「○○型HSPなどに、型分けされる」というような内容が飛び交っており、私はそれに翻弄されてしまっていたのだが、学術的にそのような事実はないそうだ。


SNS等の情報は、共感はしても鵜呑みにしてはいけないな…ということを思い知らされた。





と、ここで。

最初の内容から、HSPであることはマイナスなことであるように思われたかもしれないのだが、実は、HSPで良かった!と思えるようなこともある。私の例を3つ、紹介させてほしい。



まず、「ミスや違和感、危険信号に気がつきやすい」ということ。


例えば、本棚の前を通るとき。「ん?」と思い、立ち止まって見ると、セットものの本なのに、一冊だけ欠けていたりする。無意識のうちに、数字がひとつ抜けているという違和感を察知しているようなのだ。このような小さな違和感の例もそうだが、様々な危険信号に気が付けることもあるので、助けられたことが多い。


続いて、「小さな幸せをかみしめられる」ということ。


入ったお店で、繊細な美しい装飾品を見つけて心躍るとき、偶然が重なって見られる自然の景色に目を奪われるときなど、小さな出来事にすぎないかもしれないが、ひとつひとつのことで全身がどわぁぁぁ~っと幸せで満たされるのだ。


また、「人の感情に寄り添える」ということもある。


良くも悪くも多くの情報をキャッチするので、人の声色、顔色、表情の小さな変化にも敏感だ。

なので、「今この人はこんな気持ちで、こういうことを感じている」ということを推測しながら話を聞くことができる。

(あくまでも“推測”なので、違っていることもあると思うけれど。)



これらは一例なので、他の繊細さんに聞いてみたら、もっともっと多様な良い点が出てくるだろう。

精神的に落ち着き、感覚が研ぎ澄まされているとき、HSPは持ち前の良さを存分に発揮することができるのだ。





最後に、私はこれからHSPとしてどう過ごしていこうかな、ということについて。


できることなら、心が落ち着いた良い状態でずっといたいのだが、様々な要因から、そうではいられないときも多くある。


大切なのは、自分がマイナスの影響を受けてしまったあとに、自分で自分をどうケアしていくのかだと思う。



例えば、心ない言葉が思いがけず耳に飛び込んできてしまったとき。

心に刺さった言葉は、自分の中で幾度となくこだまし、忘れようとしても忘れられない。


そのようなときは、「そんなこともあるよね」と自分に言い聞かせてみる。


また、相手の気持ちを考えて、相手のことを優先してしまいそうなとき。


常に主語は、「私」であるように心がけてみる。


一度に多くの負担がかかり、パンク寸前のとき。


「大丈夫。完璧じゃなくていい。」と自分に言い聞かせ、目の前のことだけになるべく心を集中させる。



これらはすべて、私が日々実践していて、結構効果があると感じているものだ。



様々なストレスやマイナスな感情に押しつぶされそうなことも多い。だが、自分で自分をケアしつつ、HSPが持つ様々な良さを活かしていければ、HSPとしての日々はより生き生きしたものになっていくと私は思う。



疲れてしまった日、HSPとして花が咲かせられない日は、静かに根を深く深く下ろし、


パワーがみなぎって感覚が研ぎ澄まされた日は、花を満開に咲かせるが如く、その良さを最大限に発揮する。



そんな風にこれから生きていきたい。






<参考文献>


「研究にもとづく信頼できるHSP情報のサイト」Japan Sensitivity Research https://www.japansensitivityresearch.com/


89回の閲覧0件のコメント