• みく

「無意識」の偏見を「意識」する

更新日:1日前




連載エッセイ「ねえねえ聞いて」では、Voice Up Japan 明治支部のライティングメンバーたちが、日常の中で様々なことに揺れ動く自分の感情を、等身大の文章で綴ります。毎月、「ねえねえ聞いて~!」と、話しかけますのでぜひ楽しみながら読んでくださると嬉しいです!



「まぁまぁ、女子なんだし、そんなに真剣にならなくても良いんじゃない?長く続けるわ

けでもないし。」


これは、夏のインターンの募集が始まり、就活に悩んでいた時に男友達からかけられた言葉だ。


相手は良かれと思って言ってくれたのだろうが、私はこの慰めの言葉には少しモヤっとした。「(仕事を)長く続けない」というのは、結婚や出産などのライフイベントの際に辞めるだろうという憶測から発されたものだと思うが、いやいや、それを君が決めつけるなよというのはもちろん、個人的には、女性は当たり前に結婚するものだ、出産するものだというのも決めつけないで欲しいなとも思う。


そして厄介なことに、このような認識は女友達同士の間にも存在していて、就活の話になる度に、「就活上手くいかなくても、早めに結婚しちゃえばいいよね!」とか「でも、就活頑張らないと、高収入な人と出会えないよ〜」なんていう話は大定番だ。


今のところ結婚に全く興味がない私にとって、これにどう返すのが正解なのか、いつも分からない。反論しようにも、私は周りの子と比べて、就活にしっかり取り組んでいる方ではない。だけど、私がバリバリ働きたいと思っていないのは、「女性」だからではなく、「私」だからだ。


就活の話題というのは本当に尽きない。同じく就活をスタートしたばかりの男友達からは、「お前は気楽でいいよな!」なんてことを言われたこともある。軽く受け流しながらも、そんな皮肉めいたことを人に言うくらいだったら、自分だってその肩の荷を下ろしちゃえばいいじゃん!などと単純に考えていた。


だが、エッセイを綴りながら今までの体験を振り返っているうちに、私が就活に必死に取り組んでいなくても(といってもまだ9月だ)焦りを感じていないのは、「そんなに真剣にならなくても〜」と言われるくらい、就活に対する外部からのプレッシャーがあまりない「女性」だからこそなのかもしれない。そんな気もしてきた。なんだか、特大ブーメランがぶっ刺さった気分だ。


出産/子育てなどのライフイベントによる影響が女性よりも比較的少なく、昇進への弊害が少ない男性には、女性より選択の幅があると思っていた。しかし、よくよく考えてみると、「男は稼いでナンボ」というまだまだ根強い価値観を無視するというのは、なかなか勇気のいることなのではないか。


投げかけられる皮肉やこちらがモヤモヤするような慰めには、カチンと来るが、それは一旦我慢するとして、ある意味、選択肢が開けているのは女性の方なのかもしれないと思えてきた。


全ての性が平等に生きることができる社会というのは、誰もが自分らしく生きるための基盤となる。だから、フェミニストたちは女性の社会進出を主張し続け、「結婚したら家庭に入る」という呪縛もだいぶ解消されてきた。もちろん、産休/育休や子育て後の再就職、賃金格差など、足枷や課題はまだまだ山積みだ。しかし、現実問題、多くの人にとっては共働きでないと、家計は支えられないということもあり、「結婚したら家庭に入る」ことを外部が強制するというのは、さすがにもう古い価値観の部類に入っていると私は信じている。


そんな今、猛烈に主張していかなければならないのは、「必ずしも男性が家計を支える必要はない」ということかなと、私は思う。沈黙は肯定とよく言うが、そのような「男性らしさ」について考えたことがなかった私も、家計は男性が支えるものだという価値観に加担していたのかもしれない。


再三言われ続けていることではあるが、皆がジェンダーバイアスから解放されれば、性別による抑圧を個々が感じない生きやすい社会を作ることができるだろう。しかし、何気ない一言が、ちょっとずつその人の個を縛り付けてしまっているかもしれない。なんとなく当たり前だと思っていたことを批判的に考えてみると、無意識の偏見が含まれていたことに気付くこともあるはずだ。そんな偏見や思い込みを少しずつでも自覚して、日々の行動も変えてゆく。そうやって、皆が自分の属性に囚われずに、お互いの個を尊重し合える社会を私は目指したい。




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